伊那市高遠町のそば店「壱刻(いっこく)」店主の山根健司さん(54)が来春、「本物のおいしいそばを求めて研究を深めたい」と信州大大学院総合医理工学研究科(博士課程)に進学する。関西から移住して8年前にそば店を継承。店を切り盛りしつつ、今年3月に修士課程を修了した。博士課程で学ぶ知識を地域に伝え、伊那市のそばを広くアピールしたいと意気込んでいる。
山根さんは神戸市出身で、大学卒業後、メーカーに就職。人と自然のつながりが感じられる田舎でまちづくりをしたいと、2003年に伊那市に移住した。そばとの出合いは、知人が茅野市で営むそば店を手伝ったのがきっかけ。接客を担当しながら、見よう見まねでそば打ちを練習した。経験を積み、12年4月に壱刻の経営を引き継いだ。
「どの粉を使えばおいしくなるか」「組み合わせを変えたらどうだろう」―。素材がシンプルなだけに、産地や生地の水加減で味が変わる。その奥深さにはまり、営業後に試作を重ねて食べ比べた。一方で思い込みの知識や、人から聞いた打ち方が本当に正しいのかと疑問を感じ、専門的に学ぼうと決めた。
昨年4月から信大大学院総合理工学研究科(修士課程)の社会人コースで、微生物と土壌の関係や遺伝子など幅広い分野を研究。店の営業の合間に文献や論文を読み、英語でリポートを提出した。「寝る間もないほど大変だった」が、新たな知識を得てさらに研究を深めたいと思った。
博士課程では、ソバの実の香りや味の特徴を類似の食品に例えて示す仕組みづくりや、実の保存方法、寒ざらしそばの製法条件などを研究する。8月下旬に面接試験を受け、今月1日に合格の連絡が届いた。社会人は最大6年間在籍でき、学会で論文が複数回評価されれば、博士号を取得することができる。
「今まで以上に必死にならないといけないし、不安もある」と山根さん。「研究したことを還元し、そばのおいしさを伝えていきたい」と話している。
写真説明:ソバの実を石臼でひく山根さん