信州大名誉教授の井上直人さん(66)=食品科学=が「そば学sobalogy―食品科学から民俗学まで」(柴田書店刊)を出版した。そば栽培に適した環境やおいしさの理由を分析するだけでなく、心理学、民俗学の視点からも庶民に親しまれる理由を考察している。
中国の山間部に暮らす民族が生食していたそば粉を修行僧が持ち帰り、日本の高地に根付かせた歴史から紹介。そばの葉には表裏に気孔があって霧や夜露の水分を取り込む能力が高く、少雨の環境でも栽培できる点や、強酸性の荒地でも根から分泌する物質で土壌を無毒化できるため収量が高いことを解説している。
伊那市長谷地区で復活が進む在来種がタンパク質、脂質ともに豊富な理由、「寒ざらし」など収穫後の加工方法が味や香りに与える影響にも言及。日本人がそばを好む文化的側面では、「年越しそば」などで家族と食卓を囲んだ思い出が一層おいしさを感じさせ、ズルズルとすする音も嫌がらない土台になっていると分析した。
同市高遠町に根付く「からつゆそば」については、旧高遠藩主保科正之が信仰した陰陽五行説との関わりから解読。辛味大根、みそ、ネギ、トウガラシと混ぜる独特の食べ方は「まじないの力を強化した食文化」と推論した。
「専門的なそばの知識と歴史や文化との関係を整理し、『そば学』を体系化してみたかった」と井上さん。30年余の研究の集大成で、「愛好家から学生まで多くの人に読んでほしい」と話している。
1800円(税別)。全国の書店で買える。
写真説明:新著を手に話す井上さん