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ウェストンが残した日記、全訳出版へ 「山の日」に合わせ
2016/06/03 11:21
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 日本アルプスを世界に広め、日本の近代登山の礎を築いた英国人宣教師ウォルター・ウェストン(1861〜1940年)が約100年前、北アルプス・上高地(松本市安曇)の温泉宿に残した1冊の外国人登山者用の日記帳が、8月11日に初めて迎える国民の祝日「山の日」に合わせ、解説付きの全訳本として記念出版されることになった。ウェストンや外国人登山者ら約80人が、北アの体験を書きつづっている。山岳関係者らは、当時の様子を知り、多くの人が登山に関心を持つきっかけになってほしいと期待している。

 日記帳はA5判。革の表紙に「KAMIKOCHI ONSENBA CLIMBERS' BOOK」(上高地温泉場クライマーズブック)と刻印してある。ウェストンは、なじみの旅館「上高地温泉場」に最後に宿泊した1914(大正3)年8月、旅館の主人に託した。

 ウェストンが最初の6ページに自ら書き込んだ。近代登山黎明(れいめい)期に案内人として名をはせた上條嘉門次(かもんじ)(1847〜1917年)と穂高連峰へ登った様子のほか、「急増している上高地の外国人登山者が関心を持つ登山の記録を(中略)残していく何らかの手段の構築が望まれる」と、日記を残す意義を記した。

 その後は、外国人らがドイツ語やフランス語を含め約70ページにわたって記している。中でも、1915年の焼岳噴火に遭遇した米国人男性とみられる登山客の記述は、空高く立ち上った噴煙や山麓に降り積もった火山灰などを詳細につづっている。

 1905(明治38)年に山岳会(後の日本山岳会)を創設した一人、小島烏水(うすい)は英語で「彼(ウェストン)の名は、日本アルプスが存在する限り、皆の記憶にとどまるだろう」と書き残した。

 日記は72(昭和47)年9月で終わっている。現在、上高地温泉場の流れをくむアルピコグループの上高地ルミエスタホテルが保管。一般公開はしていないものの、同ホテルロビーでレプリカ(複製品)を展示している。

 日記帳の出版に向けて、松本市とアルピコグループ、日本山岳会、同市アルプス観光協会、信濃毎日新聞社などでつくる刊行会がこのほど発足。編集作業を進めている。

 ウェストンの研究者として知られる松本市笹賀の三井嘉雄さん(80)は「ウェストンの直筆文が残っているだけでも価値が高い日記帳だ。かつての登山の様子を知る上で非常に貴重」と話している。

写真説明:上高地ルミエスタホテルのロビーに展示されているウェストンの胸像(左)と「クライマーズブック」のレプリカ(右隣)。手前がホテルで保管しているクライマーズブックの実物=松本市上高地



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