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西駒山荘 荷下げ
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西駒山荘
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霧ケ峰
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涸沢
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あんぜん登山の最前線~密着・遭難救助~(2)
2013/08/23 10:25
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<隊員の長い1日(下) ヘリ救助「一瞬」へ備え>

 北アルプス穂高連峰で3件の遭難が重なった今月2日。奥穂高岳と西穂高岳の間の天狗(てんぐ)ノ頭(かしら)(2909メートル)では、ガイドとサブガイドを名乗る男性2人を含む6人のツアー登山で、60代の女性が岳沢(だけさわ)側に滑落していた。

 北ア屈指の難路とされる縦走路。奥穂高岳に向け歩いていた夏山常駐パトロール隊の栃沢竜哉さん(37)と奥原登志郎さん(36)が、6人を追い越した後、休憩しようとした午前11時ごろだった。

 ガラッ、ガラッ…。後方で落石の音がした。大声で「落石ですか」と尋ねると、濃霧の向こうから「滑落した」と返事があった。2人は引き返して現場へ。眼下は霧で見えない。呼び掛けたが女性の応答はなかった。

 残された5人は動揺していた。涸沢にいる常駐隊長の吉田英樹さん(58)は「他の客とガイドを岳沢方面に下らせてください」と指示、栃沢さんがガイドを名乗る男性に伝えた。

 だが男性は、「アイゼン(靴に付ける爪)とピッケルがないのでそのルートは下れない。計画通り奥穂高岳に向かいたい」と反論した。吉田さんは携帯電話で直接、男性を説得した。「1人が行方不明なのに登山続行はいかがなものか。近くの岳沢に下るべきでしょう」

 栃沢さんと奥原さんがロープなどで安全を確保して5人を岳沢小屋まで下山させたのは、午後6時ごろ。日が沈み始めていた。滑落した女性は午後5時17分、県警ヘリコプターに収容され、松本市の病院に運ばれたが、死亡が確認された。

   ◇   ◇    

 もう1件の事故現場、北穂高岳近くの大キレットでは、40代男性が転倒し足首を傷め、霧の中で動けなくなっていた。北穂高小屋で連絡を受け、午前11時ごろ現場に到着した常駐隊員の飯島一裕さん(47)と吉田修一さん(54)は、担いで登るのは危険と判断した。頼りはヘリコプターだ。

 遭難事故で頻繁に利用されるヘリコプターだが、操縦は難しい。山岳地域は地形が複雑で気流も不安定だ。ホバリング(空中にとどまること)も、空気の薄い高山ではエンジン出力が落ち、安定させにくい。救助の安全性を高めるには、隊員たちが地上から支援しなくてはならない。

 この日、ヘリはいったん県営松本空港(松本市)を離陸したものの、悪天のため昼ごろ引き返した。2人は男性と翌日まで露営することを覚悟した。ただ、一瞬のチャンスには備えた。ヘリで引き上げる際に必要な安全ベルトを男性に付けておき、刻々と変わる天候を数分おきに松本署に伝え続けた。

 「飛騨側から(風速)5メートル吹き上げ、常念岳側の視界はクリア(良好)」。午後3時、この情報を頼りに飛び立った県消防防災ヘリのローター(羽根)音が現場に響いた。飯島さんは岩場に立ち、風の流れを読み、姿を現したヘリに向かって両手を広げ、進入方向を示した。風が吹き抜ける中、ヘリに引き上げられる男性の声が響いた。「ありがとうございました」

   ◇   ◇   

 飯島さんらの支援に向かっていた常駐隊長の吉田英樹さんに、救助終了の報が入った。緊張の糸が一瞬ほどけた。

 「隊員たちはみんな山が好きで、それぞれの技術や知識を登山者のために役立てたいと思っている」。ただ、経験豊富な隊員でも、高いリスクを背負うことはある。「いつもね、どこまで踏み込ませるか悩むんですよ」。救助を終えた2人の隊員が戻る北穂高小屋へ、歩みを進めた。

写真説明:飯島さんと大キレットでの救助を終え北穂高小屋に戻り、拠点の涸沢(左下)に無線連絡する吉田修一さん=2日



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