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霧ケ峰
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涸沢
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ヒマラヤに眠る隊員追悼 県山岳協会、チベットで
2011/05/18 11:19

 県山岳協会が創立50周年記念事業として大型連休中に中国チベット自治区で行った記念トレッキングで、1964(昭和39)年にヒマラヤのギャチュン・カン(7922メートル)へ初登頂した県山岳連盟(現県山岳協会)遠征隊の一員で登頂中に亡くなった大滝明夫さん=当時30歳=の慰霊を行った。同山を望む峠で5月1日、「チベット側の氷雪に眠る大滝明夫君の御霊(みたま)に捧ぐ」と書いた色紙や酒などを供え、冥福を祈った。

 慰霊は、トレッキングに参加した長野市の鹿野杉男さん(80)が提案した。鹿野さんは元信濃毎日新聞社社員で、遠征当時、後援会組織の責任者を務め、大滝さんと親交があった。遠征隊出発前日、東京のビアホールで隊員にごちそうし、大滝さんは「帰ってきたら、ごちそうするから」と言ってくれたが、それが最後になったという。

 大滝さんは頂上付近からチベット側に滑落。鹿野さんは会社で、初登頂と大滝さんの行方不明を知らせる「うれしい知らせととても悲しい知らせを届けます」との電報を受け取った。

 遠征隊は当時、慰霊祭をネパールで行った。日本から遠征隊を迎えに行った鹿野さんも参加したが、「大滝君が眠るチベット側から慰霊したい」と思い続けていた。80歳になったことし、記念トレッキングの計画を聞き、「最後の機会」と参加した。

 ギャチュン・カンを望む峠は標高約5200メートル。鹿野さんは峠を前に体調を崩し、慰霊のために書いてきた色紙をトレッキング隊の隊長、田村宣紀さん(70)=長野市=に託した。参加者20人が峠で石積みをして色紙などを供え、手を合わせた。

 鹿野さんも遠くに山が望める場所を見つけて手を合わせ、「ようやく大滝君に会えた」と感じたという。帰国後、「長年の願いが果たせ、ホッとしている」と話した。



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