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西駒山荘 荷下げ
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西駒山荘
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霧ケ峰
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涸沢
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山小屋の歴史、本に 北ア・燕山荘相談役の赤沼さん
2011/03/08 09:43
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 北アルプス燕岳(2763メートル)の山頂付近にある燕山荘の相談役赤沼淳夫さん(88)=安曇野市穂高有明=は、山荘が今秋、前身の山小屋から通算して90周年を迎えることから、小屋の歴史や自分が経営に携わった思い出などをまとめた「光彩の中で」=写真=を出版した。赤沼さんは「地域や登山者のいろいろな支えがあって今の山小屋がある」としている。

 赤沼さんは1947(昭和22)年から山荘経営に携わり、92年に長男に社長を譲り、相談役に退いた。本は、燕山荘の前身の「燕の小屋」が1921(大正10)年に建設されるまでの経緯から始まり、6章で構成している。

 1934年の燕山荘誕生は第2章。よく小屋を訪れていた大倉喜七郎・帝国ホテル社長(当時)に、赤沼さんの父千尋さんが「大勢の泊まれる山小屋にしたい」と酒の席で語ったところ、社長が興味を示した。同ホテルと共同出資で株式会社を立ち上げ、小屋を改築。設計の原案は碌山美術館(安曇野市)などを設計した建築家今井兼次さん(故人)が作ったという。

 昭和40年代に入ると、ヘリコプターで食料や資材の運搬をするようになった。「缶ジュースやビールなど登山者が希望する物は大抵備えられるようになった」というが、その一方で、登山道でのポイ捨てが目立つようになったと振り返っている。

 「光彩の中で」はA5判、206ページ。1200部を自費出版し、関係者に配っている。



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