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西駒山荘 荷下げ
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西駒山荘
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霧ケ峰
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涸沢
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穂高~槍縦走から100年 上高地の嘉門次小屋なお健在
2009/08/21 09:54
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 近代登山黎明(れいめい)期に北アルプスで山案内をした猟師の上条嘉門次らが、穂高連峰から槍ケ岳への縦走を達成してから今年で100年となる。狩猟のため嘉門次が上高地の梓川ほとりに設けた嘉門次小屋は今なお山小屋として健在。子孫の縁者でおかみの上条久枝さん(65)は「今でも難所と呼ばれる登山道。決死の思いで登ったんだろう」と感慨にふける。

 1909(明治42)年8月、嘉門次は山案内人として登山家鵜殿正雄らとともに前穂高岳に登頂。そこから北上し、北穂高岳を経て槍ケ岳までの約8キロを縦走した。当時61歳だった。小屋に残る資料によると、嘉門次は蓑(みの)にわらじ姿で、猟犬を連れて北アを飛び回っていた。小屋の壁には「日本近代登山の父」と呼ばれるウォルター・ウェストンが寄贈したピッケルと、嘉門次が愛用した猟銃が飾られており、嘉門次の足跡を振り返ることができる。

 穂高連峰を望む涸沢を訪れた自営業の繁田景子さん(58)=神戸市=は「嘉門次は忍者とか猿みたいな人間だったのかな。今、私たちが登山を楽しめるのも彼のおかげですね」。久枝さんは「私が継承できるのは嘉門次さんが好きだったイワナをお客さまに提供し続けることです」と話している。



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