信州山小屋ネット
槍ケ岳初登頂ルート踏破 播隆上人案内の中田又重子孫
10年8月31日(火)掲載
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 江戸時代に北アルプス・槍ケ岳(3180メートル)に初登頂した修行僧、播隆上人(1786~1840年)を案内した中田又重(1795~1852年)の子孫2人が、安曇野市三郷小倉の自宅近くから蝶ケ岳(2677メートル)などを越える初登頂時とほぼ同じルートを踏破した。30日、槍ケ岳山頂に着き、わらじ履きで道なき道を登った祖先の偉業に思いをはせた。

 登ったのは自営業中田喜夫さん(60)と農業中田信一郎さん(33)。28日早朝、2人は又重の墓に手を合わせて安全祈願し、大滝山(2616メートル)などを越えて蝶ケ岳へ。2日目は蝶ケ岳の稜線(りょうせん)から「槍見沢(やりみさわ)」脇の尾根を槍沢への登山道に向けて下った。尾根には登山道がなく、急な斜面が連続。背丈以上あるササなどをかき分けながら進んだ。

 30日昼すぎ、槍ケ岳山頂に着くと、がっちり握手。今回の登山を企画した信一郎さんは「文献では分からない実際の苦労が分かった」。喜夫さんは「(又重は)本当にすごいことをした。自分たちの誇り」と感動していた。

 播隆上人を研究する槍ケ岳山荘会長穂苅貞雄さん(88)=松本市=によると、又重は山中で衰弱した上人を背負って下山したこともあり、槍ケ岳山頂直下に安全に登れるよう鎖を取り付けた功績がある。今回の登山には、友人や山小屋の従業員も協力し、同行した。

【写真説明】槍ケ岳の山頂に立つ中田信一郎さん(左)と喜夫さん

 


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