
1913(大正2)年8月、中箕輪尋常高等小学校の一行が修学登山で中央アルプス駒ケ岳を目指しました。しかし暴風雨に遭遇し、生徒や教師ら11人の犠牲者を出し、建てられたのがこの遭難記念碑です。
その後、再開した学校登山の子どもたちの姿をずっと見つめてきました。そして、数多くの教員、生徒がこの碑を厳粛な気持ちで見上げてきたのです。7月に生徒たちが手向けた花がこの日もまだ残っていました。
3年後は、遭難から100年の節目。山荘としても、遺族会や関係の自治体、団体とともにこの遭難を風化させず、安全でより中身のある学校登山を目指し、多くの人たちにこの素晴らしい山岳に触れてもらえるような企画を進めるつもりです。
(西駒山荘管理人・宮下拓也)
【写真説明】中ア駒ケ岳登山の「遭難記念碑」