そば食べ歩き
そば湯の流儀 店の品格が出てしまうことも
寒くなってきて、蕎麦を食べた後の熱い「そば湯」がことのほかうれしい時期です。ふるえながら我慢して(気取って)冷たいざるそばなんかを食べた後には、特別にありがたいものです。
最近、長野市内のそば屋で、温かい蕎麦につけてくれたそば湯に感心しました。丼入りのいわゆる「鴨汁そば」の類いを食べた時なのですが。食べ終わる前に、湯桶にそば湯を運んできてくれました。一緒に別の形のそば猪口と木のスプーン(お玉)も添えてあります。これなら、丼から猪口に汁をとって、そば湯を注いで味わうことが出来ます。じっさい、なかなかいい味でした。汁の味、そば湯の質に自信があるから出来ることなのでしょう。
もっとも、以前から、特別にというほどでなくて、そば湯のために猪口やツユを余計につけてくれる店というのはありました。使う使わないはお客さんの勝手、なのですが。
近年いくつか、そば湯に長いスプーンを添えてくれる店に出会いました。スプーンで湯桶(など)の底の方をかきまわしてお使い下さい、というわけです。一つの工夫でしょう。
たまに、食べ終えた箸を逆に使って、湯桶のフタをとってかきまわす客を見かけます。底の方の濃いどろりとした部分を使いたいからです。あまり上品なものではないのですが。食べ終えるころにタイミングよくそば湯を運んできてくれると、そんなことをしなくても濃いのが味わえるはずです。
また、どこかの有名店が始めた、ソバ粉を溶いてそば湯を作る店も見かけます。濃い、どろりとしたそば湯で、いかにもわざわざ作りました、という意向が見えるものです。
これが粉が上等だと美味しいそば湯になるのですが、あまり上等でないと、味が落ちます。かえって粉の質が問われて逆効果になっている店もたまにあります。そば湯にツユが混じらないくらい濃いものは、好みで嫌いな人もいることでしょう。
そば湯を味わうために、残ったツユにそば湯を注ぎ、飲みます。この時には猪口の底に残った蕎麦の切れ端なんかも一緒です。これでツユの実力がわかる時があります。つまり、蕎麦や薬味の夾雑物が混じる中で、ツユのコクが試されるわけです。蕎麦の水分で薄くなってもツユのいい味がずっと残るか消えているか、妙な旨みが後をひくかどうか、などを測ることが出来ます。ツユの味が記憶に残らず、蕎麦が旨かった、そば湯も美味しかった、となれば「しめた!」というものではないでしょうか。
そば湯が美味しければ、空になった猪口に新しくツユを適量入れて、そば湯を好きなだけ注ぎ、純粋に?ツユとそば湯の味を楽しみます。(ツユ盛り切りの店では出来ませんが。)
最近はほとんどの店でそば湯を出すようになりました。そば湯を入れる器は湯桶が多いのですが、厚手の水差しや土びん、プラスチックの茶こしなどいろいろです。大きさや内容量で温度がさめる、また足りないことがあり、店の姿勢が気になることもあります。
使う時にぼんやりと、そば湯の扱いには店の品格が出てくるなあ、と感じます。
最近、長野市内のそば屋で、温かい蕎麦につけてくれたそば湯に感心しました。丼入りのいわゆる「鴨汁そば」の類いを食べた時なのですが。食べ終わる前に、湯桶にそば湯を運んできてくれました。一緒に別の形のそば猪口と木のスプーン(お玉)も添えてあります。これなら、丼から猪口に汁をとって、そば湯を注いで味わうことが出来ます。じっさい、なかなかいい味でした。汁の味、そば湯の質に自信があるから出来ることなのでしょう。
もっとも、以前から、特別にというほどでなくて、そば湯のために猪口やツユを余計につけてくれる店というのはありました。使う使わないはお客さんの勝手、なのですが。
近年いくつか、そば湯に長いスプーンを添えてくれる店に出会いました。スプーンで湯桶(など)の底の方をかきまわしてお使い下さい、というわけです。一つの工夫でしょう。
たまに、食べ終えた箸を逆に使って、湯桶のフタをとってかきまわす客を見かけます。底の方の濃いどろりとした部分を使いたいからです。あまり上品なものではないのですが。食べ終えるころにタイミングよくそば湯を運んできてくれると、そんなことをしなくても濃いのが味わえるはずです。
また、どこかの有名店が始めた、ソバ粉を溶いてそば湯を作る店も見かけます。濃い、どろりとしたそば湯で、いかにもわざわざ作りました、という意向が見えるものです。
これが粉が上等だと美味しいそば湯になるのですが、あまり上等でないと、味が落ちます。かえって粉の質が問われて逆効果になっている店もたまにあります。そば湯にツユが混じらないくらい濃いものは、好みで嫌いな人もいることでしょう。
そば湯を味わうために、残ったツユにそば湯を注ぎ、飲みます。この時には猪口の底に残った蕎麦の切れ端なんかも一緒です。これでツユの実力がわかる時があります。つまり、蕎麦や薬味の夾雑物が混じる中で、ツユのコクが試されるわけです。蕎麦の水分で薄くなってもツユのいい味がずっと残るか消えているか、妙な旨みが後をひくかどうか、などを測ることが出来ます。ツユの味が記憶に残らず、蕎麦が旨かった、そば湯も美味しかった、となれば「しめた!」というものではないでしょうか。
そば湯が美味しければ、空になった猪口に新しくツユを適量入れて、そば湯を好きなだけ注ぎ、純粋に?ツユとそば湯の味を楽しみます。(ツユ盛り切りの店では出来ませんが。)
最近はほとんどの店でそば湯を出すようになりました。そば湯を入れる器は湯桶が多いのですが、厚手の水差しや土びん、プラスチックの茶こしなどいろいろです。大きさや内容量で温度がさめる、また足りないことがあり、店の姿勢が気になることもあります。
使う時にぼんやりと、そば湯の扱いには店の品格が出てくるなあ、と感じます。
… 2010年01月06日・記| trackback (0)
