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店頭の表示が消えて ソバ凶作の実情と影響(3)

 国産ソバ凶作を受けて、長野市内で12月のうちにいくつか見かけた、そば屋の店頭の表示。どことなくあわただしく、びっくりしながら対策に苦慮しているようでした。ふだんから地粉を強調している店ばかりです。

 たとえばある店は、単純に「地物が全くの品薄高騰状態」として、北海道産を混じえる、と表示してありました。食べてみたら、蕎麦の味自体は、以前とは違っては見えませんでしたが。

 別の店では、長く書いた貼り紙を掲示していて、凶作の状況を伝えながら、やはり北海道産を主とする、と書いていました。場合によっては値上げする、あるいは販売中止となるかもしれない、とも記してあります。相当に覚悟していることがうかがえます。

 またある店では、近郊農村からの仕入れが半分になってしまい、北海道産などをブレンドして使う、としていました。食べてみて、以前からそうですが、地粉を使うと称する割には味は大したことがなかったのですが。

 結局は材料のソバ粉の産地について、変更するとか、粉の割合を変えるといった表現がほとんどです。それにしても、地粉にこだわる店にとっては、たいへん大きなショックだったことがわかります。

 味の傾向で言えば……地粉であれ北海道産であれ、新ソバ(新粉)の材料自体が品質の落ちるものが多かったのが今回の凶作の特色です。それでも、大した味でない新粉であっても、さすが、というくらい、終わりまで変わらない味の底力を感じることはありましたが。

 北海道でも凶作で、全国から奪い合いがあったはず。県内では(県外からも?)「安曇野産」がよく登場します。安曇野でそれほど大量に収穫できたとは見えなかったのですが…。

 そんな感想を抱きながら見ていたのですが、さすがに大晦日と正月を経過する中で、こうした店頭の表示はほとんど消えてしまいました。後日の参考のためにと、遅まきながら記録しておきました。

 今のうちはいいのですが、春から夏にかけて味ががくんと落ちた時に、凶作を知らなかったお客さんにどう対処するか、気になりました。

… 2010年02月01日・記| trackback (0)

 

手ざわりの感触 手打ちと機械打ちの微妙な違い

 暮に上田で興味深い体験をしました。

 お昼に上田駅近くのそば屋で「大もりそば」を食べました。この店は久しぶりです。最近はいつもにぎわっていて、夏など満席で入れないこともあります。その日は寒くなってきたせいか、あまり混んではいませんでした。「冬枯れ」なのでしょう。

 蕎麦はきちんとした作りで、味はまあまあでした。基本的なサービスもしっかりしていて安心して食べられます。それでも、どこか均一な口ざわりが気になりました、機械打ちの要素が3分の1くらい入っているような味わいです。商売が繁盛していて、少し合理化をはかったのかしら、と思いました。一部の筋では相当に有名な店になったのでしょう、観光客らしい人が増えているのだろうな、と見ていたのですが。

 同じ日の夜に、すぐ近くの飲み屋で友人たちと一杯やりました。宴会の最後に蕎麦が出て、その味わいがなかなかのものでした。

 ここの内儀が自分で蕎麦を打つというので、友人の一人がソバ粉を調達してきた、新そばだというのです。うれしい話です。

 ところが、ソバは凶作。友人の仲間で栽培したのはほとんど全滅で使えない。仕方なく近所の知人から分けてもらったソバ粉で打つことになったというのです。

 食べてみると、少しごつごつしていて蕎麦の味はまあまあ。新そばだといっても、凶作の悪い面が出て、新鮮な旨さはあまりありません。それでも食べすすむと、ジワッとした蕎麦らしい味が持続します。あちこちで感じた、新しい粉の底力がちゃんとありました。ふーんと感心しました。

 昼間の蕎麦と比べてみて、洗練さはこっちが落ちる。ツユや薬味などのバランスも、やっぱりプロの方が上手だ。にもかかわらず、この素人の打った蕎麦は、なぜか「ぬくもり」のような感触が残っていた。それが後味として好感が持てた…。

 よく言われることですが、素人が打つ蕎麦が美味しいのは、採算を考えずにいい材料を使い、手間もかけて作れるからだ、と。確かにそうした面はあるのでしょう。それともう一つ、気持をこめて作る、手ざわりの感触が蕎麦に反映しているからなのかもしれません。

 蕎麦打ちがどんなに上手になっても、機械打ちと比較すれば、どうしても形では負けます。機械打ちと手打ちとの差、区別は私など、この手ざわりの温かさが伝わってくるかどうかではないか、と思うことがあります。

 名人ともなれば、機械より正確に細い蕎麦を仕上げることが出来るといいます。形だけでいえば、機械で作ったような均一な作りを目ざしているのでしょう。食べてみて、機械打ちか手打ちかわからないものもあります。

 もし食べて感じるとしたら、旨い不味いの他に、この「手ざわり」感の違いがあるかどうかが大きな分かれ目になるような気がします。手打ちの場合には、どんなに上手に打っても、かならず作り手の手ざわり感が伝わってくるものです。

 それほど大げさな話ではなかったのですが、最後に飲み屋で味わった蕎麦には、確かに「手ざわり」「ぬくもり」が感じられて、後になって、よかったなあ、という印象が残りました。貴重な体験でした。

… 2010年01月18日・記| trackback (0)

 

そば湯の流儀 店の品格が出てしまうことも

 寒くなってきて、蕎麦を食べた後の熱い「そば湯」がことのほかうれしい時期です。ふるえながら我慢して(気取って)冷たいざるそばなんかを食べた後には、特別にありがたいものです。

 最近、長野市内のそば屋で、温かい蕎麦につけてくれたそば湯に感心しました。丼入りのいわゆる「鴨汁そば」の類いを食べた時なのですが。食べ終わる前に、湯桶にそば湯を運んできてくれました。一緒に別の形のそば猪口と木のスプーン(お玉)も添えてあります。これなら、丼から猪口に汁をとって、そば湯を注いで味わうことが出来ます。じっさい、なかなかいい味でした。汁の味、そば湯の質に自信があるから出来ることなのでしょう。

 もっとも、以前から、特別にというほどでなくて、そば湯のために猪口やツユを余計につけてくれる店というのはありました。使う使わないはお客さんの勝手、なのですが。

 近年いくつか、そば湯に長いスプーンを添えてくれる店に出会いました。スプーンで湯桶(など)の底の方をかきまわしてお使い下さい、というわけです。一つの工夫でしょう。

 たまに、食べ終えた箸を逆に使って、湯桶のフタをとってかきまわす客を見かけます。底の方の濃いどろりとした部分を使いたいからです。あまり上品なものではないのですが。食べ終えるころにタイミングよくそば湯を運んできてくれると、そんなことをしなくても濃いのが味わえるはずです。

 また、どこかの有名店が始めた、ソバ粉を溶いてそば湯を作る店も見かけます。濃い、どろりとしたそば湯で、いかにもわざわざ作りました、という意向が見えるものです。

これが粉が上等だと美味しいそば湯になるのですが、あまり上等でないと、味が落ちます。かえって粉の質が問われて逆効果になっている店もたまにあります。そば湯にツユが混じらないくらい濃いものは、好みで嫌いな人もいることでしょう。

 そば湯を味わうために、残ったツユにそば湯を注ぎ、飲みます。この時には猪口の底に残った蕎麦の切れ端なんかも一緒です。これでツユの実力がわかる時があります。つまり、蕎麦や薬味の夾雑物が混じる中で、ツユのコクが試されるわけです。蕎麦の水分で薄くなってもツユのいい味がずっと残るか消えているか、妙な旨みが後をひくかどうか、などを測ることが出来ます。ツユの味が記憶に残らず、蕎麦が旨かった、そば湯も美味しかった、となれば「しめた!」というものではないでしょうか。

 そば湯が美味しければ、空になった猪口に新しくツユを適量入れて、そば湯を好きなだけ注ぎ、純粋に?ツユとそば湯の味を楽しみます。(ツユ盛り切りの店では出来ませんが。)

 最近はほとんどの店でそば湯を出すようになりました。そば湯を入れる器は湯桶が多いのですが、厚手の水差しや土びん、プラスチックの茶こしなどいろいろです。大きさや内容量で温度がさめる、また足りないことがあり、店の姿勢が気になることもあります。

 使う時にぼんやりと、そば湯の扱いには店の品格が出てくるなあ、と感じます。

… 2010年01月06日・記| trackback (0)

 

そば屋のランキングと凶作 今年の信州そばは波乱含みだったか

 今年の信州そばの様子を振り返ってみますと、いくつか大きな話題がありました──。

 一つは春に「ザガット」というホテル・飲食店の紹介本の信州版が発刊されたこと。そこにはそば屋も含まれ、興味深いリストになっていました。一種のランキングというべきか、点数による格づけは画期的なものでした。そのリストを眺めていて、評価する側のレベルや感覚が問われ、取り上げられた店の宣伝の臭いも感じたものですが。それぞれの店にとって、どういう結果をもたらしたかは、よくわかりません。

 同じような傾向がうかがえたのは、「信州そば切りの店」というグループによる登録です。春から始まって、現在31店とか。近いうちに改めて取り上げてみます。こうした、一種の「ランキング」が表立って行なわれるのは珍しいことです。

 そして今秋の大凶作。ソバ栽培農家やそば屋に大きな影響を与えています。これから1年間、さまざまな場面で影を落としていくことでしょう。

 全国的には、今も「蕎麦ブーム」は続いているようです。一方で蕎麦に関する出版物が少なかったことも印象に残りました。「美味しいそば屋」の情報を知りたがる人は相変わらず多いのですが、それに充分に応える組み立てがむずかしくなりました。広告がらみの紙面が多くて、「旨い」という情報を素直に信じることが出来にくくなった、ということでもあるのでしょう。

 長野県のそば屋も、まずますの客を集めているように見えます。表面的な話題は多くなくても、蕎麦好きが確実に増えているように感じましたが、これは人によって店によって受け取り方に違いがあるはずです。

 各地の「そば祭り」のようなイベントは、どこも盛況のように見えました。長野県だけでなく、全国に共通する傾向です。そば打ち教室も盛んで、愛好家が増えているのを実感します。

 信州のそば屋の動向としては、今年も新規開店がかなりありました。ほとんどが東京流の打ち方の店で、どこかで学んできた若い人が多いようでした。味はそこそこですが、先陣の味や評判に追いついていくのはたいへんだなあ、と思います。

 世代交替が少しずつ進行しているのも目立ちました。上手に先代の味を守っていく店もあれば、がくんと味を落とす店もあって、「代がわり」は明暗を分けるようです。後継者がいなくて店を閉める場合もあって、ひっそりと淋しく消えていく名店が見られました。

 全体として機械化はますます進展しているようで、手打ちとの差別化がむずかしくなりました。この世界の大きな流れになっているようです。食べる側としては、ごまかさないでくれれば、そこそこに美味しい店が並ぶのも悪くはない、と思うのですが。

 暮も押し詰まって、例年なら蕎麦の話題が新聞などで多く紹介されるのですが、今年は少ない。やはり凶作が微妙に影を落としているのでしょうか。そういえば、年越し蕎麦の販売も今年はいくらか控え目に見えました、そば屋の材料確保がタイトに(狭く)なっているのかもしれません。

 大晦日には、少しほろ苦い気分も味わいながら年越し蕎麦をすすることにしますか…。

… 2009年12月28日・記| trackback (0)

 

玄ソバの不足・高騰が進行して ソバ凶作の実情と影響(2)

 町場のそば屋で聞いた興味深い話。

 東信のある店では、自家製粉しています。県内のあちこちの産地の、農家や団体から直接玄ソバを仕入れているはず。──10月24日の新聞に「そば不作」という記事を見たらすぐ、いつも買っている近郊の農家に連絡してみた。やはり出来は悪かったが、いつもいい値段で買ってもらっているので、またそちらにまわします、と言われたそうです──。このご主人は、ふだんから普通より少し高い値段で、キロ350円ほど出して買っているから、そのおかげだったのでしょう、と喜んでいました。

 また、かなり離れた村からも買っていて、そこも凶作で数量は少ないが、いつも高めに支払っていたので、やはり回してくれるという返事だったそうです。10月10日過ぎの松本そば祭りでその離れた村の人に聞いた時には、やはり凶作で今年は村内のそば屋で使うので手いっぱいだ、村外へ出す余裕はない、と言っていたのですが…。産地の農家の、地元指向はどうなのか。美味しい地粉を、地元のそば屋がどれだけ厚遇しているのかが、かいま見えたような気がしたものです。

 北信のあるそば屋でも面白い話を聞きました。やはり自家製粉していて、10月初めに「凶作」を知って、奥の方へソバを買い付けに行ったそうです。少しいい値段(玄ソバでキロ350~400円)を言ったら、農家は喜んで出すと言って予約に応じてくれました。ところが収穫が終わった11月に買うと連絡したら、もうソバはほとんど無かったというのです。聞くと、東京のそば屋が買い付けに来て、キロ800円で買いあさっていったので、との返事。それだけの値段をつければ、農家も利のある方へ動きます。ごもっとも、というところです。

 その店では、遠方の産地から何とか量は仕入れることが出来た、と喜んでいました。やはり以前から価格をよくして買っていたので、向こうが気をきかしてまわしてくれたのだそうです。ふだんから農家を大事にしている店が、助かった、という安堵の顔をしていたのが印象的でした。

 大都会でも自家製粉するそば屋が増えています。そうした店では良質の粉を求めて、今年は見知らぬ農村にまで入りこんで、懸命に材料をかき集めているのでしょう。

 そもそもが、日本でソバの生産量が少ないのは、玄ソバの価格が安くて採算が合わないからだとよく言われます。確かにその傾向があり、そば屋は儲かっても農家には利益がまわってこないという嘆きもよく聞きます。

 今年のように凶作であれば、玄ソバの価格が上がって、そば屋は苦労することでしょう。また農家も収量が少ないので収入が減少するはず。困ったことです。

 それでも、そば屋に直接売った農家はまだいいのですが、従来通りの価格で農業団体や粉屋に納めた農家は、まったくいい思いが出来なかったことになります。

 こうした事態を受けて、来年はどうなるか気になります。凶作の影響で農家の意欲は、作付面積が増えるのか減るのか。そして価格や生産量がどう変化するか、予断を許しません。野菜などの直売所が全国で盛んになっているように、品質のよい玄ソバを作る農家が、高い値段でそば屋に直接売れるような仕組みが、もっと充実してくるといいのになあ、とも思います。とは言うものの、店で食べる蕎麦の値段が上がるのも辛いですが…。

 良質の国内産を大きく増やすことは、そば業界全体にとって大きな課題。凶作を機会に、皆でがんばっていってもらうことを願うばかりです。

… 2009年12月20日・記| trackback (0)

 

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