そば食べ歩き
蕎麦ザルの不思議(2) 「ざるそば」から「せいろそば」へ
「ざるそば」と「もりそば」との違いについて、以前はよく話題になりました。
だいぶ以前のことですが、善光寺門前の料理屋での法事の席で。仕切っていた顔役が連れていった店です。食事の段になって運ばれてきたのが、海苔のかかっていない「もりそば」。大勢に配り始めてから顔役が気がつきました。これは事前の予約と違う、と言い出して。ところが、注文は「もりそば」で、顔役のイメージは「ざるそば」だったのです。ちょっとした手違いでしたが、やり直しになりました。配っていた「もりそば」を回収し、改めて海苔のかかった「ざるそば」を運んできました。器が違っていましたが、新しくゆでたのではなく、前の蕎麦をそのまま盛り直しただけのようでした。時間がたった蕎麦は、だいぶ伸びています。もっとも、20~30人もの客に一斉に出すのですから、団体さんに慣れているとはいえ、もともとそれほど上等な蕎麦ではないし、扱い方も素っ気ないものですので、味は期待出来なかったのは言うまでもありません。
一般の人には、「ざるそば」と「もりそば」の区別など、あまり関心が無かった時期が長く続きました。それがだんだん、「ざるそば」が上等なもの、値段も少し高い、と認識されるようになり。そんな移りかわりの境い目の時代のエピソードだったと記憶します。
☆
よく言われる議論は、「ざる」には海苔がかかっているが、「もり」には海苔をかけないのが普通だ、というもの。そして、海苔の有る無しで50円も100円もちがうのは変じゃないか、という批判です。
「ざる」は器が違う、汁(ツユ)が違う、と区別し、だから値段が違うのだ、と説明する店もありました。確かに、そんな傾向も見かけたものです。
器の違いは、食べていて、隣のテーブルの蕎麦をちらっと見た時などに、おや?と感じることがあります。例えば、セイロでも丸いのと四角いのの違いがあって、とか。基本的には、上等の器が「ざる」です。
汁の違いについては、不思議な話がいくつかありました。「もり汁」は辛く、「ざる」の汁は甘く、とか。この甘辛は、砂糖のごとき甘さを指すというより、塩分濃度を意味している(いた)はずですが。濃さの違いを言う店もあったと記憶します。
あるいは、「ざる」には一番ダシを使う、「もり」は二番ダシだ、と区別する店もあったようです。最近はこうした区別は減ってきたらしいのですが。盛られた蕎麦の質の違いに合わせているのだ、という説明は、少し苦しいような気がします。
☆
「ざる」と「もり」については、今も同様の区別をしている店は、かなりあります。客の方も心得ていて、わずかな区別を楽しむ人も多いように思います。
一人で店に入った時には「もり」で、お客さんを連れていく時には「ざる」で、と見栄を張る場合もあります。「そば通」「そば好き」は、自分は決まって「もり」しか食べない、と強調する人も居ますが。
また、ふだんは値段の違いから「もり」を食べることが多い私も、昼食のランチセットなんかの蕎麦に、たっぷり海苔がかかっていて、ああ、セットは「ざる」で組み立ててあるのか、と新鮮な気分になることもあります。
☆
これもよく言われることですが、「もりそば」は高く盛ることからついた名前だそうです。おそらくは、江戸時代後半に、蕎麦を陶磁器の皿に盛って出したころから後に普及した名前でしょう。
そこへいくと、「ざるそば」はザルに盛るからだ、ということになります。ザルは形がいろいろあって、古くから一般家庭で重宝に使われていたことでしょう。場合によっては、無くてはならない生活必需品だったと思います。
しかし、セイロなんかは、一般家庭にはほとんど無かったはずです。特に農村部では、もち米を蒸すなどの大型のセイロはあっても、食器扱いのセイロなどは、まず無かったといっていい。家庭に小型の食器扱いのセイロが備えられるのは、ごく最近のことと思います。
こうした、ザルとセイロの使用のあり方、普及の度合いで、呼び名も微妙に変化してきたのではないか、と私はにらんでいます。その反映が、そば屋のザルとセイロに投影しているのではないか。さらに、呼び名も左右されたのかしら、と。
☆
一方で、ザルの産地である戸隠では、海苔があろうが無かろうが、「ざるそば」が似つかわしい。蕎麦が名物として広く知られるようになってからは、戸隠だからこそ「ざるそば」が定着したような気がします。その感覚が、信州各地にだんだんと広がって、海苔をかけなくとも「ざるそば」で通るようになりました。ここ20年か30年くらいの間のことと考えています。
「ざるそば」が器からくる呼び名だとすると、セイロに盛るのだから「せいろそば」と呼ぶ方がいいじゃないか、という感覚も正当な気がします。30年ほど前の信州では、「せいろそば」とメニューに載せる店はごく少なかったと記憶しています。近年はもう、「せいろそば」と呼ぶ店がずいぶん増えました。
そうした傾向も踏まえて、蕎麦ザルが今も健在なのかもしれません。
だいぶ以前のことですが、善光寺門前の料理屋での法事の席で。仕切っていた顔役が連れていった店です。食事の段になって運ばれてきたのが、海苔のかかっていない「もりそば」。大勢に配り始めてから顔役が気がつきました。これは事前の予約と違う、と言い出して。ところが、注文は「もりそば」で、顔役のイメージは「ざるそば」だったのです。ちょっとした手違いでしたが、やり直しになりました。配っていた「もりそば」を回収し、改めて海苔のかかった「ざるそば」を運んできました。器が違っていましたが、新しくゆでたのではなく、前の蕎麦をそのまま盛り直しただけのようでした。時間がたった蕎麦は、だいぶ伸びています。もっとも、20~30人もの客に一斉に出すのですから、団体さんに慣れているとはいえ、もともとそれほど上等な蕎麦ではないし、扱い方も素っ気ないものですので、味は期待出来なかったのは言うまでもありません。
一般の人には、「ざるそば」と「もりそば」の区別など、あまり関心が無かった時期が長く続きました。それがだんだん、「ざるそば」が上等なもの、値段も少し高い、と認識されるようになり。そんな移りかわりの境い目の時代のエピソードだったと記憶します。
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よく言われる議論は、「ざる」には海苔がかかっているが、「もり」には海苔をかけないのが普通だ、というもの。そして、海苔の有る無しで50円も100円もちがうのは変じゃないか、という批判です。
「ざる」は器が違う、汁(ツユ)が違う、と区別し、だから値段が違うのだ、と説明する店もありました。確かに、そんな傾向も見かけたものです。
器の違いは、食べていて、隣のテーブルの蕎麦をちらっと見た時などに、おや?と感じることがあります。例えば、セイロでも丸いのと四角いのの違いがあって、とか。基本的には、上等の器が「ざる」です。
汁の違いについては、不思議な話がいくつかありました。「もり汁」は辛く、「ざる」の汁は甘く、とか。この甘辛は、砂糖のごとき甘さを指すというより、塩分濃度を意味している(いた)はずですが。濃さの違いを言う店もあったと記憶します。
あるいは、「ざる」には一番ダシを使う、「もり」は二番ダシだ、と区別する店もあったようです。最近はこうした区別は減ってきたらしいのですが。盛られた蕎麦の質の違いに合わせているのだ、という説明は、少し苦しいような気がします。
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「ざる」と「もり」については、今も同様の区別をしている店は、かなりあります。客の方も心得ていて、わずかな区別を楽しむ人も多いように思います。
一人で店に入った時には「もり」で、お客さんを連れていく時には「ざる」で、と見栄を張る場合もあります。「そば通」「そば好き」は、自分は決まって「もり」しか食べない、と強調する人も居ますが。
また、ふだんは値段の違いから「もり」を食べることが多い私も、昼食のランチセットなんかの蕎麦に、たっぷり海苔がかかっていて、ああ、セットは「ざる」で組み立ててあるのか、と新鮮な気分になることもあります。
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これもよく言われることですが、「もりそば」は高く盛ることからついた名前だそうです。おそらくは、江戸時代後半に、蕎麦を陶磁器の皿に盛って出したころから後に普及した名前でしょう。
そこへいくと、「ざるそば」はザルに盛るからだ、ということになります。ザルは形がいろいろあって、古くから一般家庭で重宝に使われていたことでしょう。場合によっては、無くてはならない生活必需品だったと思います。
しかし、セイロなんかは、一般家庭にはほとんど無かったはずです。特に農村部では、もち米を蒸すなどの大型のセイロはあっても、食器扱いのセイロなどは、まず無かったといっていい。家庭に小型の食器扱いのセイロが備えられるのは、ごく最近のことと思います。
こうした、ザルとセイロの使用のあり方、普及の度合いで、呼び名も微妙に変化してきたのではないか、と私はにらんでいます。その反映が、そば屋のザルとセイロに投影しているのではないか。さらに、呼び名も左右されたのかしら、と。
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一方で、ザルの産地である戸隠では、海苔があろうが無かろうが、「ざるそば」が似つかわしい。蕎麦が名物として広く知られるようになってからは、戸隠だからこそ「ざるそば」が定着したような気がします。その感覚が、信州各地にだんだんと広がって、海苔をかけなくとも「ざるそば」で通るようになりました。ここ20年か30年くらいの間のことと考えています。
「ざるそば」が器からくる呼び名だとすると、セイロに盛るのだから「せいろそば」と呼ぶ方がいいじゃないか、という感覚も正当な気がします。30年ほど前の信州では、「せいろそば」とメニューに載せる店はごく少なかったと記憶しています。近年はもう、「せいろそば」と呼ぶ店がずいぶん増えました。
そうした傾向も踏まえて、蕎麦ザルが今も健在なのかもしれません。
… 2012年01月29日・記| trackback (0)
