激変 県内政治(2)=自民、野党からの再出発 政権復帰へ改革模索
2009年9月 3日掲載
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 「単なる反省というよりは、(党のあり方を)抜本的に見直す必要がある。そうした作業の中から次の道というものが出てくるのだと思う」

 衆院選が投開票され、自民党の惨敗が確定的になった8月30日夜。長野市の自民党県連事務局で記者会見した小坂憲次・党県連会長はこう述べ、政権奪回や県内議席の回復には、これまでとは異なるレベルの努力が必要になる―との受け止めを示した。

 長野1区の小坂氏、4区の後藤茂之氏、5区の宮下一郎氏の前職3人が落選し、1955(昭和30)年の結党以来初めて県内衆院議席を失った同党。全国でも300議席から119議席に減らし、93~94年、細川、羽田両政権時代を除いて維持してきた政権与党の座から転落した。

 衝撃は地方議員にも広がっている。自民党県議団に所属する木内均氏(佐久市・北佐久郡)は「これまでは政権と直結し、党の国会議員を通じて地域の課題を解決してきた。これからはそうは言えなくなるわけだから、影響は当然あるだろう」と言う。

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 今回の衆院選比例代表で、自民党の県内得票率は22・5%。46・7%だった民主党の半分以下となり、都道府県別で44番目だった。自民党県連は来夏の参院選を視野に、近く組織立て直しの検討に入る方針だ。だが、今回の得票を単純に当てはめると、改選定数2の県区で民主党が複数候補を擁立すれば、自民党は1議席を維持できない可能性もある。現状は深刻だ。

 同党県連所属の党員数は昨年時点で、前年を2千人以上下回る1万6466人。党員の減少が続く中、同党の前職衆院議員らは後援会組織を拡充し、党よりは個人組織中心の選挙を戦ってきた。

 だが、その基盤をつくってきたのは、中央省庁ににらみを利かせ、予算を獲得し、事業の決定にかかわってきた政権与党としてのパワーだ。野党となり、これまでのような個人後援会中心のやり方が維持できるのか、不透明だ。

 落選した県内前職の秘書の1人は「細川政権でも野党暮らしとなったが、1年足らずで与党に戻れた。だが、今回は本格的な政権交代。もっと長引くことも覚悟しなければいけない」と漏らす。

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 県内小選挙区で敗れた5氏のうち、1区の小坂氏、4区の後藤氏はそれぞれ「捲土(けんど)重来を期す」と明言。5区の宮下氏は「後援会と相談する」としているが、再挑戦は確実とみられる。2区の新人務台俊介氏、3区の元職岩崎忠夫氏は態度を明確にしていない。

 宮下氏は「経済政策や安全保障の考えがしっかりしているのは自民党。地域で地道に対話を重ねていく」と強調。小坂氏も「これまでは衆院議院運営委員長の仕事などでなかなか戻れず、地元の人たちとの接触が十分ではなかった。今後はその反省の上に立って活動していく」とし、地域とのつながりを一層強めていく考えを示す。

 党県議団の本郷一彦氏(松本市)は「保守政党としての立ち位置を明確にし、民主との違いを打ち出していくべきだ」と注文する。

 野党となった自民党は、どう有権者の信頼を取り戻し、政権復帰への道筋を見いだしていくのか。それぞれの場で模索が始まっている。

【写真説明】退去に向けた準備が進む県内自民党前職の事務所。党再生への道筋は見いだせるか=1日、東京・永田町の衆院議員会館


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